"ススメヤススメ"カテゴリーの記事一覧
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地理院地図 標高が分かる地図
眺めていて面白いシリーズ。
自分の知ってる場所がどのくらいの高さなのか、大体の目安がわかる地図。いつもこっからここまで歩いているが、意外と高低差あるな!?って発見がちょっと楽しい。
ツールでちょっとした距離や面積の計測、断面図(≒歩いている道のりとかの高低差ビジュアル化)なども作成可能。あと表示重くなるが、地図の3D表示なんかもできて、おおすげえ~こんもり山だ~ってなる。楽しい。
まだ試していないが他にも地形地図とかひらがな地図とか色々読み込めるサンプル集ページがあったり、人によっては時間泥棒になりそう。
麺のスナオシ 醤油拉麺 5食パック
…を使ったかゆメシがマジウマだった。
玉ねぎと牛豚ひき肉を具にごはんを入れ煮込む。牛丼つゆだくみたいな感じ。肉とたっぷり水でふくれた米でお腹も満足。
お金のメモ帳
カテゴリごとの自動計算が助かる。
今のところ勝手が良くて使っているAndroidアプリ。家計簿未満メモ以上くらいの気合で金銭整理できる。たとえば、カテゴリ「クレカ」を月ごと表示に設定すれば、その中で都度の利用額をメモして今月分の支払いはいくら、と全体計算をしてくれる(計算に入れないでおきたいメモもチェックボックス外すだけで除外可能)。カテゴリリストに戻れば「クレカ(翌月支払い)」全体の金額と、別カテゴリの「コード決済(翌々月支払い)」全体の金額との総合計もわかる…てな具合で勘定された一番でっかい金額を口座に入れておけば、請求月とか支払月とかごっちゃでこんがらがっても支払い自体はバッチリ!という算段。Excelとか使っても良いんだろうけどスマホでの操作性と視認性から自分はこっち派。ただ、カテゴリを超えたメモの移動は不可だとか少し不便な部分はある。
googleアカウントにデータをバックアップできるのも良さそう。バックアップする前にスマホ壊れたから今度はちゃんと使おう。
ドコモオンライン窓口
よみがえる、在りし日のYahooメッセンジャーの背景で打鍵するスヌーピー。
スマホついに電源つかなくなったんですよ。紛失とか操作一切できなくなった状態のスマホを機種変更しようにも、スマホを使った2要素認証が使えないとオンライン機種変更が出来ないらしいんですよ。連絡取れる電話端末もすぐに手元に欲しいし、本体買い替えなら事務手数料3000円だろうとそう変わんねえべ、というわけで実店舗行ってスマホ新しくしてきました。
で、またLINEの引継ぎに失敗したんですよ。というのも引継ぎ用のパスワードのメモがどこにもなく、アドレスの登録が何故か過去に持っていて一切使うことなく解約したdocomo.ne.jpになっていたんですよ。アホか俺は。
過去のアドレス使えないかな、と聞きたいものの、新しいスマホ買いに行った事務手数料がすでにあってさらにこれだけのためにもうワンセット手数料…とモヤモヤしていたところで見つけたサービス。手続きサポートのほうのチャットはショップ閉店後の22時までやってるというので、仕事終わりに有難く使わせてもらった。まあアドレスは駄目だったんだが、スマホの使い方教えてどころじゃないこんな面倒臭い相談にも対応してもらえてよかった…これで3000円はクソだが500円くらいは取っても良い事務内容だと思う。事務働きしたことないからナメた見積りだったらすまん。
…でね、LINE交換しかしてなくて他の連絡手段一切知らない友人に2600円の貸しをしたまま失踪しちゃったわけなんだが、マジでごめん。さがして
オクサ ムシャムシャー!
12:11、久々にリピート再生した。熱い爆食い。PR -
落ち葉舞う頃 -みとせのりこ
何でエロゲのOPソングなんて知ってんだって野暮な質問は無しだ。
秋になってきて街路樹が赤とか黄色になってくるとふとタイトル思い出して聞きたくなる。サビの入りの盛り上がりが何度聞いても鳥肌。すっごい良い。喉の開いた裏声でも絞ったシャウトでもなく、楽器が自分の音域をのびやかに出してるって感じの高音がほんと好き。
『ニヒリズムとテクノロジー』ノーレン・ガーツ
かつて読んだ哲学概論系の本よりもずっと分かりやすい件。
自分で決断するのが嫌、自分の人生の責任を負うのが嫌、自分の無能無力を認めるのが嫌、など「人間として存在していることに嫌気がして、感じず考えず無気力に、他人任せで人間生活をやり過ごそうとする」という態度がニヒリズムから起こる。そして、そんな風に自暴自棄になった人間を、キリスト教世界では僧侶たちが「自分を律しなさい」「隣人に優しくしなさい」と、禁欲と道徳価値を説いてなだめおさめていた。
現代ではテクノロジーが自暴自棄のはけ口となっている。ネットや動画を見ていれば嫌なこと考えなくていいし、自分で自分をどうするか決めるのではなくデータに決めてもらえば楽だし、ネットを通じて物を貸してあげたり寄付してあげるとエラくなったような良い気分だし、SNSでいつでも集団に属していれば安心だし、現実と違ってネット上で人に酷い仕打ちをしても罪悪感ないし楽しいし。
…とまあそんな感じで、ニーチェが論じたキリスト教道徳と人間の関係についての哲学を応用して、テクノロジーと人間の関係について考察してみたという本。ニーチェの引用をもとに哲学をざっくり説明する部分は、ああやっぱり人間って無理だよなあ、所詮は畜生だよなあって妙な安堵を覚える。瞑想やマインドフルネスの、思想はさておき「心を無にする技術だけ」もてはやされるというのも、感情や無力感を感じたくないだけのこと、という理論にははっとさせられた。
400ページ超の単行本なので少々根気が要るが、一個一個の章はすいすい読めて、皮肉な内容にぐさっとされもして、読了後の何となく分かった満足感は高い。あくまでも何となく。
ダイソー 高反発スポーツインソール
低反発と高反発、枕でも悩んでんのに靴の中でも悩む。
今まで自分の靴の目印代わりにプリントインソールを使っていたんだが、すぐにプリント層がべろべろはがれて寄れて履き心地悪かったので、層がはがれなさそうなやつを。今のところ快適。もうちょっとだけ横幅があれば完璧なんだがなあ、というのはありつつ、まあこんなもん。
「性犯罪の冤罪における非対称性」
名誉って難儀。
裁判は事実の確認場所。ならば事実が確定した後に被害者の憂さ晴らしの場が必要かもしれない。で、しかも傍から見てる社会からしたら刑罰じゃとても晴らし足りないので、SNSというぶっ叩き場で名誉棄損の社会的制裁を科す。
ただこれは、加害者が(全くもって、あるいは公開されている情報やSNS上のみんなの推測ほどの)加害者じゃなかった場合のことは全く考えていない。それどころか、訴えた被害者がいない、事実確認をする裁判さえ開かれていない、というのに散々ぶっ叩かれるという状況さえ起こっている。ぶっ叩かれている側は裁判で無罪を主張することもできず、逆に「名誉棄損されました」と訴訟を起こし、その訴訟が筋の通った話だということを人々に「説得」しなければ活路がない。
…という話。何かこれ、いじめ被害と構図は一緒だな…いじめた側には何の労力も必要無くて、いじめられた側が一生懸命説明して名誉を取り戻そうとするの。というよりは、現状を変えたい人が多大な労力を払う必要があるってのはどこでも普遍か。
そもそもは当事者が納得いく形で解決されたらそれで話は終わりのはずが、当事者外の人が被害者に同化し過ぎて、野放しで生かしておけば私にも被害を与えるに違いない!と躍起になり過ぎてしまうのが問題なのか。小さな村の中での話なら排除したい気持ちも妥当かもしれないが、村外の物理的に遠い人まで排除しようとしてたらキリがない。どこまで遠くの人を警戒したら安心できるのか?
村八分どころか、世界中から人が住む「ネット村」からの排除。現実のどこのお国に流されても誰かしら「ネット民」がいて、また追い出されて、どこにも生きられない。それだけの仕打ちをした相手に、それだけの罪がなかったら?というか「罪」なんて言い方お上品に取り繕ってるだけで、「殺したいけど殺しちゃいけないから」罪って理由をつけて、「殺すために」いじめるってだけなんだろうけども。 -
アサヒ飲料 ウィルキンソン オレンジ&トニック
ちなみに開けてから三日後まで炭酸残ってた。強。
オレンジソーダまで甘くない、でもそのまま飲んでも美味しい、ほどよい味。炭酸抜けた後の苦い水にも二度美味しい。
以前上島珈琲でオレンジコーヒーを飲んだことがあったのを思い出して、そのときもウィルキンソンで割ってたな、もしかしてこれ単体入れてアレできる…?と挑戦してみたら、割と良い感じに廉価版が出来た。ウィルキンソンは気持ち少な目アクセントのつもりで入れると良いかも。お好みでミルクも。
『噓だらけの日本古代史』倉山満
下手に若者ウケ狙った語り口意識しなくて良いから端折らず書いてくれ。
日本の神話(古事記と日本書紀)から古代天皇、奈良、平安時代になるまでの天皇継承がどう行われたのかについての本。切り抜きネット記事を読んでどうしても論理が分からなかった部分があって本をあたったんだが、全体読んでも結局その部分は分からず仕舞いだった(むしろ理解できない文章が増えた)。ただ、「自分の子孫を天皇にしたい」という動機で皇后が天皇代理になったのだとか、別系統の皇族を排除しようとして最終的にはその系統に天皇の正統(しょうとう)が戻ってしまったのだとか、天武天皇あたりの皇族政争の解像度が上がった。
…で、読了後も分からなかった部分についてフッと思い至った自論のメモ。
「なぜ天皇は男がなるのが普通なのか」。この答えは実は簡単で、「男の側室には意味がないから」です。
もしかしてこれ、以前にブログで紹介した「子宮数確保」の問題かもしれない、と。
本当の意味での「女系」は、母から娘、母から娘とひたすら続けていかなければいけません。男は子供を生むことはできませんから、男の側室には意味はありません。だから男が皇位を継いでいくのです。
そして我が国では、男は皇統に属していなければ天皇どころか、皇族にもなれません。生まれながらの人でなければ、どんなに武力や財力があろうとも皇族にはなれないのです。つまり皇室は、男性排除の原理によって皇位継承の安定を図ってきたのです。
天皇が女で、その女天皇の腹から生まれた子しか天皇になれない、ということは、周りにどれだけ種付けできる男がいようと天皇の子孫を生める子宮は1つだけである。つまり材料の男がたくさん居ようが居まいが、肝心の子供製造機として使える子宮は1つだけなので、出産効率が悪い(=「男の側室に意味はない」)。子を産めるのはどう頑張っても年一回以下な上、古代の環境では妊娠出産は命の危険を伴うため、女天皇が適切な女子孫を生む前に死ぬ可能性がある。生んだとして育つ前に女子孫が死ぬことも考えられる。
(序盤のほうに「女天皇を認めるなら『旦那は誰ですか?』で論破です」みたいなこれも謎文章があったんだが、多分これも女天皇が側室の男漁り(逆輪姦…?)で妊娠したら「誰の子?」ってなる、っていう話かなあ。それでも何のどこを「論破」したのか分からない…)
対して男天皇で、その男天皇と結婚した女から生まれた子が天皇になるのであれば、周りに女を増やせば種付け先の子宮を増やすことが可能である。男天皇の頑張り次第で年一回以上のペースで子孫数増加を見込めて、種をばら撒くだけなので天皇自身の死亡可能性も低い。「皇族子孫を絶やさない」という目的にはこちらのほうが低リスク。…古代人、頭いいじゃん…!(超失礼)
…あと最後の「男性排除の原理」という語。多分、女であれば男天皇に嫁いで皇族になれるという話だろうが、なれると言っても女だって子宮を貸してるだけみたいなもんだし、男女で待遇そう変わるか…?と思うんだが。妻だから権力握れるかって、妻自身が握れたこともあるし、妻になった女の男親族や愛人が男天皇に取り入って権力握ったりもしたし、男女というより個人の外交技量の部分もあるだろうし。…そうじゃなくて、子宮を貸したお礼に衣食住&金もらえる、というチャンスが生まれつきあることが「男性排除」の意味?
The Murder of MARIA MARTEN
女らはクソだ近寄るな、あるいは、「私」の幸せを前に「彼」が殺したんだ、のうた。
浅慮の若い男らよ、みな来て私の警告を聞きなさい。そして、吊るされる私の不幸せな定めに一考を与えなさい。…と始まり、「結婚しようと約束した女を(自分ではなく「彼が」)殺したのですが、女の霊が母親のところへ訴えに行って、事がバレて、私は次の月曜に木に吊るされます」という大体そんな筋の昔話。なぜころしたし。いや昔話って東西問わず不条理がウリだから問うてもしゃあないが、ただ、"I"が武器とか死体埋める穴とか用意していたのに"He" murderedなのがやけにリアル。そして、この歌詞をあえて美しい旋律に仕立てた心意気が何ともグロテスクで心に残る。
古い昔話と思っていたら1800年代とさほど古くはなかった。ウィキペディアの英語記事だが実際の殺人事件の内容はこちら。思っていたより有名な事件だし大規模な処刑だったっぽい。
プリンミクスでかぼちゃプリン
プチサイズはやっぱり一回分。
安直だけどうめえかぼちゃプリンが多量に出来た。バケツプリンまでは要らんが、このくらいの量あると幸せな気分よね。 -
『他者の靴を履く』ブレイディみかこ
自分の感情で反応するシンパシーと、あくまでその人を考えるエンパシーと。
「僕の妻の家族は、ランカシャーとヨークシャーの州境に三つの繊維工場を持っていた。サッチャー首相がオフィスにやって来て、『あなたの家族の会社の調子はどうですか?』と聞くので、『残念ながら、清算準備に入ります』と答えた。彼女は衝撃を受け、びっくりしていた。『それはひどいわ。何かわたしたちにできることはありますか』と彼女が言ったので僕は答えた。『いや、何もないと思います』」
もしも自分の家族の会社が倒産したらと自分を重ねて、大変だ、助けなきゃ、と悲しんだり憐れんだりするような「シンパシー」があったとしても、その家族たちがどんな状況でどんな心持ちでいるかと思いめぐらすような「エンパシー」は必ずしもない。自分のやっていることとの繋がりが見えているわけではない。
…
少なくともサッチャーは自分の下で働いていたランケスター[サッチャーの元私設秘書]には「何かできることはありますか」と聞いた。身内へのシンパシーを示したのである。しかし彼女には、自分のそばにいない人々や自助のためのリソースを持たない人々、彼女のように強い野心を持たず、穏やかで安定した暮らしを送りたいという庶民の願いがわからなかった。(p113)
近場の人が危機に陥っていることを即座に察知して助けることが、自分にも危機が及ぶのを防いだり、借りを作っておいて後々返してもらったり、回り回って自分の利益になるから、咄嗟に動けるように感情判断でシンパシーを起こす。ただこの感情判断、自分だったらこうする、こう思う、というのは、相手の考え方と奇蹟的に合致すれば「共感」となり「思いやり」にもなりうるが、「無神経」や「いらん世話」にもなりうる、結構運任せなやり方なのかもしれない。
…とまあ本の知識として何となく分かっても、実際「エンパシー」になるまで頭を働かせられるかというと難しそう…自分とは別に、人の立場や気持ちを考える。こういうスキルを磨くためにも、色んな立場の人が出てくる小説とかフィクションを読もうってのがあるんかね。
両手を組んで裏返す
つい肩を前に巻き込んで力んでしまう方。
ストレッチというか、肩関節を元の位置に戻す運動としてやってるやつ。肩の後ろ側が変に力んで収まりが悪いなってときにやると良い。コキッとはまって途端に筋がスッキリすることもあるくらい。
裏返したときに、なるべく伸ばす方の肩に力を入れないで回るに任せるのがコツ。やり始めた頃は全然腕が伸ばせなかったんだが、最近では右も左もラクにひっくり返せるようになった。
ちなみにいつだったか本で見かけたときは「左腕を伸ばすときは、左腕と左小指が上になるように組む」とあったので補足。右小指を上にして手を組むと確かにやりづらい。
ヘテパシフィック チュロッツ
ああーっとうーっかり韓国製~(初デビュー)
百均に売ってて、思いのほか美味かった。チュロスをさらに水分取ってカリカリにしたシナモン菓子。揚げドーナツのチュロスとかチュロッキーとかいうよりも個人的には好み。
…何となく今まで不信感があって韓国モノ買ったことなかったんだが、買ってしまえば割と大丈夫。ヨーロッパモノは逆にどの国だろうと全然気にしたことないんだが、何だろうな…慣れの違いだろうか。
山芳製菓 ポテトチップス 圧倒的だ!!博多めんたい味
yamayoshiのポテチなかなか良いなって思ってたらわさビーフのとこなんか。
辛みのつけ方がこう、磯臭さというか魚っぽさというか、他製品よりもかなり明太子でちょっと感動した。食べ続けるうちにむせるくらいには辛い。だがそれがいい。 -
マッチ ビタミンみかん
可愛い顔してエナジードリンク並みに体力消耗するんだよな。
普段の味も良いがみかんもなかなか。炭酸が強いのは好きじゃない一方、これはちょうどいい炭酸。そして栄養補給からのバリバリ元気になる。カフェイン入ってるのかってくらい。入ってると思ってた。通常の味はカフェイン入ってるらしい。これまさか、プラシーボ効果…
ちなみに通常の味をトリスクラシックで割ると小児用風邪シロップっぽい味がして美味しいです。
衆議院選挙2024年 ボートマッチ
右も左も分からないのでお世話になってみた。
選択肢の内容もいやこれはハイかイイエじゃなくてもっとこう…みたいなのが多いし、結果も強いて言えば程度のマッチ率の差だったが、まあ普段政治無関心な輩に向けた簡易診断だったらこんなもんよね。一応先に広報見てこの人かなあと思った人とマッチしてたのでちょっと納得して入れて来ようと思う。そういう後押しとか省エネのために使うのはアリかと。どこもクソだから入れない、よりはマシだと思って許して。
でもさ、議員さんたち口揃えて減税減税ってさ、そこはもう現時点で増税しちゃったもんは良いから増税分で庶民の日常生活に近い部分の事業に金を回せって思うんだが、如何。光熱費の支払い扱う企業に金回した政策なんかは庶民も助かったし良案だったと思うんだが、素人感想かねえ…
刑事裁判はなんのためにあるのか
裁判とは事実確認である。
この前の『犯罪と社会』読了後、引き続き自習。犯罪そして裁判とは何ぞや?裁判って、被害者の感情被害を清算するものではないらしいな?というところから。
実は、刑事裁判は、被害者の復讐心を満足させるために被害者と加害者が対決する場ではありません。まず、私たちは、刑事裁判という公的な制度の問題と、復讐心という個人的な問題を区別することから始めなければなりません。
刑事裁判とは「国法を犯したとして公務員が連れてきた人物について事実を確認する」場である。警察やら裁判官やら公務員≒一国と被告人が争う上では、被告人にハンデを。それが裁判でのハンデルール。でも裁判を「加害者と被害者の争い」と見ている人からしてみれば、真っ向勝負しているはずが相手にあれこれハンデがついて刑が軽くなっていく、ってのは許しがたい八百長に見えるはず。
…
裁判は、そこに被告人として登場している人が、真犯人つまり加害者かどうかわからないから行われるのです。被告人が否認している場合はもちろん、仮に自白している場合であっても、真犯人かどうか慎重に調べなければなりません。間違った判決によって、刑罰が最大の人権侵害になる危険があるからです。
…
さらに言うと、刑事事件の法廷は、そもそも加害者が誰かを見つけ出す場ですらないとも言えます。裁判所は検察官が起訴してきた事実があるかないかを証拠によって判断するだけです。裁判官が確信をもてば有罪、少しでも疑わしければ無罪です。裁判はそれで終わりです。積極的に真犯人つまり加害者を見つけるのは、法廷における裁判官の仕事ではありません。あくまでも検察官が起訴した事実について、受け身で判断するだけなのです。
あくまで刑事裁判は事実確認の場。被害者の被害清算の場ではない。なら、事実確認が終わり加害者と断定された相手に対して、希望する当事者被害者も正式に参加できる、被害清算を目的とした次段階の裁きの場はあるべきではないのか…?もはや民事裁判かそれ。復讐の応酬で無法状態になるってのは分かったが、国に「喧嘩してごめんなさい」するだけで恨みを晴らす手段が何ひとつ無いのも、解決になっていないのでは?…ただ、それでも解決するかどうか。人間なんだから腹を割って話して和解しなさいって?割ってみて中身があれば良いが、なかったら諦める外にないのか。中身がないなら外身で払ってもらうしかないなあ?みたいな脳内エロ同人モブがニヤついてんだが。
ところで、古い時代は見せしめの処刑とかあったわけだが、何ていうかあれって「国にたて突くとこうなるぞ」って脅しというよりは、自分はアレとは違うって思ってる部外者たちが安全な場所から「被害者に共感することで一体感を得て、かつ、その憂さが晴れることで自分の憂さが晴れたような気になる」場だったからこそ続いたんじゃなかろうか。そういう場が無くなって新たにバーチャルにこしらえられたのが各種SNSのぶっ叩き広場。そうか、これが裁判の代替案。必要だから市民が生み出した場か。法に規定された刑罰が必ずしも重くなるわけではないが、被害者に同化した市民からの社会的制裁は重くできる、それで社会に戻ってきた加害者に不利が生じれば被害者の感情被害が清算される、かもしれない。
ついでに『大江戸死体考』て本にもインスピレーション受けたんだが、死刑にも「ただ死刑にする」と「死刑のあと(あるいは生きたまんま)人体を刃物の試し斬りに使う」という軽重があったとか。酔っておごって町人の子を殺した役人に対して、殿様が「こいつは死刑では足りん、処した上試し斬りに回せ」と判決したら被害者である親族は涙を流して感謝したとか。…裁判ってそういうイメージだったんだが、それはあくまで昔の話。現代の裁判はそういうもんじゃない、てのは重々留意しておいたほうがいいのやも。(あと死体蹴りが侮辱になるってのも相当根強い価値観なんだな。キレイに死にたいって思うのと表裏一体で。)
『恐怖の博物誌』より、やはり脅しにならない見せしめと民衆の様子
「公開の処刑は群衆を集めることには成功したが、当局が意図する教訓を彼らに伝えることはできなかった。群衆は法の威光を感じるどころか、この時とばかりに酒を飲んでは浮かれ騒ぎ、喧嘩や盗みをひき起こすしまつだった。そのうえ彼らは、絞首台にかけられようとする罪人を軽蔑しなかった。足枷台やさらし台につながれたつまらない罪人を嘲けることはあっても、死刑を受けようとする者を笑うことはほとんどなく、それどころか、まるで英雄を見るかのように喝采を送ったのである。死を前にした罪人は魅力的にさえ見えた、群衆は自分たちがこのように喜び、興奮し、陶酔に浸れるのも、みんな目の前の罪人のおかげだと考えた。
…(一七四八年に治安判事になったフィールディングは)民衆に恐怖を教えこむのであれば、公開処刑というお祭り騒ぎなどではなくもっといい方法があるはずだといい、「目の前で殺すより、密かに処刑したと伝えるほうが群衆は恐怖を感じるだろう。もちろん詩人にその腕前があればの話だが」といった」(p268)
45歳の漫画家が運転免許を取って初めてわかった「保護者の集まりで誰とも話さず立っている父親たちの境地」 車の運転をして「男性の目線で見える世界」が見えた気がした #プレジデントオンライン
気味悪い、不審な動きってのはこういうことかもしれんと。車に乗っている状態で周りの車にビクビクしていると、車が不可解な動きになるので、逆に周りの車をビビらせることになる、「あなたは怖がってるけど、後ろの車はあなたに怖がってるんだよ」ということを叩き込まれました。
そうなのか、なるほど、車に乗った私は、歩行者だけではなく周りの車からも怖がられる存在なのだ。そう理解しても、どうしてもこわい。ぶつかってしまう、というより、ぶつかってこられるのでは、という種類の恐怖が抜けませんでした。…女性に比べて男性は「他人に危害を与える恐れのある車に乗っている状態」に近い感覚を幼い時から持たされやすい性別であると言えるのではないでしょうか。
自分よりも力がある生き物が不可解な動きをしていると怖いってのは、弱者にしてみれば、何がどうなるか、何をされるか分かったもんじゃないから。どっかで見聞きした、独裁者が恐れられる理由ってのも確かそんなんだった気がする。懲罰を与えうる存在でしかも何の気まぐれで殺されるか分からないから、まるで神様みたいに畏れられるのだと。
そういった社会的な教えの中で男性という性別に属する人たちの多くは「ビビらせるくらいなら余計なことはしないほうがいい」という感覚を同時に養っていくのではないかと想像しました。「何もしない」「動かない」というのは、危害を加えやすい側の、最善の安全対策でもある場合があるからです。
(自分にしてみれば)言動の分からない存在を気色悪い≒怖いと思うのは、被害が予測できないから、懲罰の発動条件が分からないから。それに裏を返せば、そういうヤツがいたら自分は懲罰を与えられる側になるだろうと反射的に思い込んでいるから、でもある。…もうちょっとこう、抜け出したいなあ…今は理解できないというだけで、全部が全部処刑人ではないし、真っ向勝負しても必ずしもそいつから罰せられるわけではないし。
…という反省もしつつ読んだ。「侍マインド」という表現、確かにああーなるほどそうかも…!と思った。同じ自信に満ちた雰囲気でも、人を見下した上での無駄な自信に見える人もいれば、落ち着いた毅然とした態度に見える人もいるが、そういう根本の違いかもしれん。いやちょっと理想論か、自分が後者の侍に憧れるばかりに。 -
ゼット販売 Zハイスパイマン 金属切断用ノコギリ
粗大ごみ代をケチった解体作業が捗る。
回収会社に電話で連絡して、でっかいゴミをゴミ捨て場までえっちら持って行って…だりぃ!ということで出来るだけ出せるサイズになるようゴミを解体するわけだが、金属パイプ使ったイスとかどうにもしがたいものもある。そんなときの救世主。スパスパー!とはいかないが、ジコジコ根気よく切ればいつものゴミと一緒に出せるようになるのが非常に有難い。サイズと素材種別は守ってるから出して良いと思って出してるだけなんだが。金と人づきあいよりも気楽な五時間ノコ作業。
『犯罪と社会』細井洋子・鴨志田康弘
あの時じっくり読めなかった大学時代の教科書を今一度読もうシリーズ。
大学の自由選択科目で犯罪社会学取ったときの教科書。テーマとしては今でも興味あるので取っておいたのを、時間にゆとりが出来た今、通しでのんびり読んでる。
読み途中ではあるんだが、中でも、「被害者から犯罪を考える」という文章が興味深かった。被害者から見た場合、…これまでのように、まず、法令における定義があり、そして、それに対する明確な侵害を以て犯罪と見做す、といった見方ではなく、被害者に直接加えられた危害による痛みや苦痛などから、犯罪は始まることとなるのである。
「犯罪とは個人と社会との、ひいては国とのイサカイである」(から検事は国の代理人として、個人の代理人である弁護士と裁判で争う)みたいなのは何となく聞いたことがあった。犯罪は国が裁くもので、その争いの場に被害者は想定されていなかった。ただ、そんな建前があろうと一般人にとっての犯罪は「危害を加えられたという認識」「こちらの気が済むまで償わせるべきもの」という、まさに「不快感情への対処を求めるもの」なんだなあと。法をもとにした有罪無罪の判決と、SNSで文句不満を述べる一般人との擦れ違いは、こういうところで起きているのやも。法の定めるところに忠実に、国から見て各個人に対して平等に裁く立場と、被害感情のカタルシスを求める群衆と。
…
法令などの定義においては、客観的な基準に基づき、個々の罪の重さとそれに相応する刑罰の種類が定められている。したがって、一般的な定義に基づいた場合、個々の犯罪は均等に扱われ、法の下における平等という価値が重んじられることとなる。これに対し、個々の事件から犯罪を捉えた場合、そこでまず重んじられるべきものは、それぞれの被害者の犯罪に対する受け止め方、つまり、被害者の主観ということになるのである。
…
つまり、被害者の目線から犯罪を捉えるということは、取りも直さず被害者の感情に対し、どのように対処するのかということを意味しているのである。
犯罪って何ぞや、というので刑法や制度について学んでみるというよりは、一般市民が考える、普段の人間社会にとっての犯罪ってどういうものかって話から始まるので取っ掛かりやすさはある。他にも少年犯罪とかメディアとか、ああそういやそれも市民にとっては問題だよね、という話が色々載ってるし、参考文献も章のテーマごとにあって自習が捗る。
ハングル
暗号みたいなロマン文字。
韓国映画ついでにかじってみたら、なんだこの文字…!(日本語と対照させて読もうとするからなおさら)小学生が自作しがちな絵文字暗号のようで、しかし小学生には真似できないであろう洗練された母音の線記号。ただし母音の種類数と子音記号のマル(子音無し)とシカク(m音)は初学者に手厳しい。でも解読して読めるとアハ体験。
ハングルというか韓国語って、なんでか結構ケンケン耳につく喋り方の人多いなって漠然と思っていたんだが、実は言語そのものがそういう発音しろって定義しているからそういうもんなんだと、ここに来て初めて知った。普通のk音に加えて「息巻くようなk」「喉を絞るようなk」みたいな発音指示があって、3種類のkの違いで単語の意味が変わってくるらしい。そんで、日本語みたいに大方が「子音+母音(+子音)」で一文字として発音するから、音の区切り目が多くて口やかましいオバチャンみたいにケンケンッと聞こえると。
あと地味に、漢字圏だから当然っちゃ当然なんだが、文字は違えど日本での読み方と通ずる名詞がちらほらあって、聞き取れるとちょっと楽しい。~~~センタッキ!で笑う。洗濯機ほぼそのまんまで良いんだー!!wwwからの畳みかけるコンジョッギ。
Halfway To Heaven -Midland
歌って踊れて素敵に色っぽいってニクいわあ
曲自体とても良いんだが、ターンがすっごいキレイなんだわ。片足でリズム刻むときのブレなさがキレイなんだわ。良く腹が入ってる。
…ダンス全く詳しくないんだが、こういう踊りって何のジャンルなんだろうか。社交ダンス…ジャズダンス…? -
STABILIST ナイロンベルト
腹に汗が溜まらない方法がまず無いですかね。
運動時につけていたベルトがもう毎回汗まみれになっていたせいか、金属バックルの周りとか締めてる部分がサビたりにしめたりしていて。汗かいても大丈夫そうなベルトないかなーと探して購入。これはバックルがプラスチックなのでサビは問題なし、ベルト部分も汗かいても乾きやすい素材。耐久性はどんくらいかまだ知れないが、今のところ良し。
犯罪都市4
ナイフで裂くたびに何度片目をつぶったか。
何気に初めて一人で映画館行って見てきた。久々の刑事ものは良い。亀山君時代の相棒を見てた頃を思い出した。…えっこの映画の時の亀山君わっか…
初めてボクシングアクション(&現実的なナイフアクション)を見たんだが、自分が見慣れているアクションとだいぶ違う!特撮系だとおそらく空手とか剣道とか中国拳法がベースになってて、要は距離が遠めで振りが大きめ、そしてそれを画面全体でエフェクトもつけて派手に見せたくて引きの絵が多い気がする。対してこのアクション、めっちゃ距離近い。もちろん飛び膝とかぶん投げ乱闘シーンとか距離遠い場面もあるけど、基本的に腕曲げたフックの距離。
そんで特にナイフの使い方!本当に拳から十数センチくらいのナイフだと、実質戦い方ってボクシングと変わらないのか。今まで自分が見知ってたナイフアクションって、これもまた何ていうか、30センチ物差しくらいのナイフの二刀流!みたいなのだったなって改めて気づかされた。ナイフ、ではないな、短剣なのかあのサイズ感。派手に刃をぶん回してたなそういえば。でもこっちのナイフは確実にニチアサでは見せられないような人を殺すための動きしてる。ぶん回しちゃいけないんだな。とん先で地道にプツプツ筋を断っていくイメージ。
ストーリーとしては、ギャグシーンとヤクザシーンの寒暖差激しすぎるギャップが絶妙なバランス。変に恋愛展開とか実は可哀想だった犯人展開とか一切無くてスッキリしてた。警察上層部と成果で揉めて担当降ろされかけるのは、どこの国の刑事ものも同じなのか。
このEDクレジット曲をチャン・イス役の人が歌ってるってのがまた良いよねっていう。声質とメロディラインが宇宙刑事Next gerenationみあってストライクです。映画館で見たときは歌詞の翻訳が涙にじむくらい胸に沁みたんだが、DVDかネット配信が始まるまでお預けかなあ。
NHK やさしいことばニュース
日本語も政治も知能なさ過ぎて。
ニュースサイトいろいろ巡ってきたが、分量といい語彙の難度といい、自分にはこれくらいでちょうどいい感じがする。とりあえず世の中の話題知れて、気になったら文章末尾のリンクからNHKの一般のニュースサイトにそのまま飛べる。
…こういうネットコンテンツのデザインは評価できるんだよな、ライブラリ映像なんかもちょくちょくお世話になるし…ショックウェーブ時代に南極を舞台にしたゲームを公開してた頃があって、(操作性はともかく)サウンドもビジュアルも好みだった記憶。
じこはおこるさ
歌詞が完全にイギリスの子供向け曲。 -
『上達の法則』岡本浩一
近道はあるようで無いわけです。
言葉で表現できる単語や公式を覚えるのとは違って、言葉で表現できない「~のやり方」を上達させるためにはどうしたら良いのか?について考える本。こうした「手続き」を覚えるには、言葉ではないにしても、言葉に準じた形式(コード)にまず変換する必要がある。例えば「右手をこう挙げる」というコードでもってある動作を表して、それを覚えるという具合。加えて「この大きさのこの物質はこのくらいの重さ」などの推測から動作や力加減を調整する、という五官感覚も覚える必要がある。(このコードと五官感覚を結びつけて手続きを覚える仕組み、あるいは認識する仕組みを「スキーマ」という…らしいが、いまいち腑に落ちなかった…)
そうして覚えた「手続き」をさらに上達まで持ってくるには、コードを洗練させることが重要。一つのコードで多くの動作を表せるようになること、必要なコードをすぐ引き出せるように整理統合すること。要は、一連の流れを反復練習して動きを滑らかにすること。「右手挙げて」「左手挙げて」を「両手挙げて」で表すことができれば、そこで省エネできた分を他の感覚の意識に向けたり、その状況での思考判断に割くことができる。ついでにその「両手挙げて」を他の動作に再利用して、新しい動作に応用することもできるようになる。
一つ一つの動作の地道な洗練が上達の秘訣。言われればそれはそう。実践的な内容というよりは、上達する人の見方がどう違うか、どういう仕組みか、の説明が主なので、読んですぐ上達!というわけではない。コードスキーマうんぬんの捕え難さも相まって、後半に挙げられた特訓法がどう上達に繋がっていくのか想像しにくいのも難点。ただただ、言われればそうだわ…慣らしていって出来る動作増やすの重要だわ…と原点回帰するきっかけになった。
ちなみに、誰かから物事を教わるときの心構えについては『すべての「学び」の前に鍛えるべきは、「教わる力」である。』もおすすめ。教わる先の探し方、どういう点に着目して先生先輩の技術を見るかといった内容で、とっつきやすさはこっちのがある。
麺のスナオシ 豚骨醤油拉麺
税込300円以内で5袋入り(現時点)。スープの味も申し分ない。
何より、湯がかずにそのままボリボリ食っても美味い。他にも袋ラーメン買ってかじってみたが、今のところこれが一番。麺が細いから粉の塊って感じが少なく、ぼりぼり崩して食べやすい。ほんのり味も付いてるのか?食べ続けるうちにむしろ味が出てくる気がするというか、何故か食べ飽きない。
伊藤園 杏仁烏龍
ごくごく飲めるスッキリさと後味甘さの見事な両立。
カルディのパンダ杏仁を思い出した。近所で小さいパック見かけなくなって、いやこんなにでかいサイズはいらんのよな…って買わなくなって久しい。あれほどのこってり杏仁ではないものの、ほんと、スッキリ飲んだ後にしっかり杏仁の味が口の中に残るのが至福。
「喫茶店のナポリタンの作り方、プロの味に近づけるための工夫をいくつか」
ちゃんと「焼けた」麺が出来上がったときの感動たるや。
ナポリタンや焼きそばを自分で作ってて、炒めているはずなのにフライパンにこびりつくくらい麺がねちょねちょになるんだよなあ…と悩んでいたので、ネット検索に相談。こんなやり方があるのか!
湯がいたスパゲッティを保存するのに、油を混ぜてから冷蔵庫にしまうと良い、ってのは聞いたことあったが、水で締めるってのは意外過ぎた。そんで一晩寝かせてからフライパンで炒めたら、ほんとに麺が溶けない。パラパラの出来。これだよこれ!
あとは具材&ソースとは別に麺を炒めること。これは焼きそばにも言える。焼きそば麺もこう、湯戻しして締めてってしたら良いのか…?そこまでしないにしても今度作るときは炒めるの別にしてみようか。 -
ダイソー ポッピンサイダー アメリカンチェリー味
駄菓子っぽい体に悪そうな炭酸、逆に惹かれるときあるよね。
飲んで思わず「すげえ!」て声に出てしまったチェリー味。無果汁だけどいつか食べたことのある独特の苦みを含んだあの味がする。
…ところで、甘い食べ物って大体「果糖ブドウ糖溶液」ってのは知っていたんだが、これ主体で材料ほぼ変わらないのに何で味のレパートリーがこんなにあるんだ?って疑問だった。要は、色や香りで騙されているのはかき氷のシロップに限らないということらしい。世のお菓子は総じてかき氷シロップだった。食物界の石油。あとブドウ糖の比率が多いと「ブドウ糖果糖溶液」と表記されるらしい。そんな並べ替え規則が。
『認知症の人、その本当の気持ち』たっつん
安心したい気持ちは生物共通。求め方が違うだけで。
ネットで抜粋記事をちらっと読んで、認知症というか、自分の論理や価値観で言動が理解できない普通の人に対しても有効な視点なのではないかと思って。理解できなくても、その人にはその人なりの習慣や論理があって、自分の安心のためにやっていることが大半。
夕方になると決まって家に帰りたいと暴れ出していた人は、家に帰って夕食の準備をするという習慣があったから帰りたがっていた。意味不明な独り言らしきものを呟いていた人は、要求したいことがあるのに上手く言葉にならなくて、要求とは全く関係ない言葉を発しながらも訴えているつもりだった。事例を読めば読むほど、こういうやりとりの失敗は認知症の人相手に限らない気がする。発症した人におかしな言動がみられた場合にしても、周りに対する嫌がらせをしているわけではありません。やりたいこと、訴えたいことがありながら、自分でコントロールできないために、はたから見れば奇異な行動を取ってしまっているだけなんです。認知症が進んでいる本人が「自分はいったいどうなっているのか!?何をしているのか」と当惑しているケースも少なくないはずです。
…めんどくせ、って思わないのがまずすごいこういうのが「共感」「空気を読む」「気が利く」とかいうことなんだろうなあ…他人について裏の裏まで考える、正確に考え及ばなかったとしても考えうる条件から現状の対策を考える。あたまおかしくなりそう。
…
行動のひとつひとつにどんな意味があるのかを常に解き明かすことができるのかといえばなかなか難しい。でも、その人の微妙な表情の変化を見逃さないように気をつけながら部屋の様子などをよく観察してみれば、ヒントを掴めることはあります。
男が知らない衝撃の事実「頼りにならず、清潔感も乏しい」女性はたった2秒でそんな評価を下している 数少ないクレイジーな男性を避けるために多くの時間を費やす… #プレジデントオンライン
一部のクズのやらかしで全体を責めるのは一旦待つべし。
女性が男性に関して経験することは、警官が市民に関して経験することに似ている。警官は、人類のなかでも5%しかいないようなクズへの対応に90%の時間を費やす。この苦い経験から、人類に対するシニカルでネガティブな運命論的見解が形成される。
クズ部分がその人の知る「全体」で、「クズ以外もいる全体」は知らないし知りようもない。…家とか学校とか狭い共同体の中を思い出す。百人越えの人間が集まっている学校でさえ、一部の特殊例が全人類の代表かのように思えていた。何というか、また別の向きに突出した特殊例が目につかないと「全体」は更新されない…いやその特殊例が「特殊」として扱われて、問題になっている全体と一緒には勘定されにくいか。女嫌いの人間がかつて知り合ったこともないような真っ当な女に出会ったとして、果たしてその女を女全体の一部と認識するかどうか、どちらかというと「その女は○○という名前の人間であって女全体とは別物」として認識するのではなかろうか。そのほうが全体の定義を書き換えるより省コストだし。
人類がみなダメなわけではない。警官は最悪な部分しか見ないのだ。
同じように、女性は恋人選びの市場での大半の時間を、もっとも邪魔で気に障る、クレイジーな少数の男性を避けることに費やす。サイコパスは肉食系で、他人の目を気にせず、自信に満ちあふれている。そのため、アメリカの全男性のうちの4%しかいないにもかかわらず、女性が口説かれた40%はこうした男性からなのだという。
ほかに、いちいち名づけるには多すぎる種類の、女性が嫌悪感を覚えるようなことをする男性が存在する。これを簡単にまとめるなら、女性の経験というのは、最悪の男性が彼女にまっすぐ近づいてくるのに、最良の男性はどこにも見つからないというものなのだ。
考えてみれば男女問題に限らず、「自分に都合の良い一部を全体だと思う」てのは、自覚があるようですぐに思い至れない罠だなあと。哲学の本で人間についての考察ばかり読んでいたら、人間全部がそういう紙面のしょうもない存在に思えるし、逆にフィクションや美談ばかり見ていたら、こういう理想的な人間が人間の全体なはずなのに、自分も他人もクズばっかで何でなの…て悩むし。一括りにするのもほどほどにってことか、現実見よう。
流離人~さすらいびと~ - DASEIN
MVまでは知らなかったんだが時代過ぎて時代。
大雨の中で鼻歌リサイタルすると楽しい曲。上がり切ると気持ち良い高音。 -
バナナオレ凍らせ
夏場は何でも凍らせたくなる人。
栄養素的にはどうなのか分からんが、ザバスのバナナ味を冷凍庫で1~2時間キンキンに冷やしてみたら美味かった。お手軽バナナシェイク。以前のバナナアイスに負けず劣らずの味、ちゅーっと吸える。
セブンプレミアム ゼロサイダートリプル 乳酸菌
糖分の代わりに人工甘味料ガンガン入ってるって聞いたことあるけど。
今まで糖分ゼロとかカロリーゼロとかは気にしたことなかったんだが、よくよく考えたら、糖分入ってなかったら飲んだ後ににちゃにちゃするあの嫌な感じが無くなるのでは?と思い試し買い。心なしか、にちゃにちゃしなくてスッキリ。あと普通にほのかなカルピス系の味で飲みやすい。
コーラとかも砂糖にちゃにちゃが嫌いで普段あんまり飲まないんだが、もしかしたらゼロ○○とか表記あるの買ったら口触りも変わるもんかね。
薄幸P
本家よりもこっちが先に出てくるクオリティの高さ。
懐かし青春シリーズ。音MADというか、曲の長さを縮めたり歌詞を滅茶苦茶にするパターンのMADが色々上がってた時代で(というか最近の音MAD界がどうなってるのか全然知らないが、一般の自撮り勢とかYoutuberが増えてからもこの手の編集動画って細々続いてたりするんかね)、その中でもリズム感と音声の繋ぎの自然さが神がかってる。自然過ぎて、曲を思い出そうとするとこっちの歌詞に引きずられがち。
あと当時としてもそうだったが、選曲からしておっさんホイホイ。なつかし。ただ、削除された動画も多いのが残念…ジバンとか間奏部に盛り込んだコメからの大百科が充実してた思い出。非番。
久々に巡回しているがトンチキ歌詞過ぎて忘れてたやつでまた笑わせてもらってるわwwww
畳の敷き方
継目とかそんなんあったんだー!?
今まで何となく「バラバラに敷くんだなー」と思いつつよくよく配置を気にしてなかったやつ。法事とか旅館以外では同じ向きにずらっと並べない、「○畳半」の「半」はこういうのをここに入れる、入口や床の間に刺さないように…へえ~。