胡椒冷や汁飯
半信半疑だったが、いける。
白いご飯に冷たいお出汁、ここにコショウを…??と思ったんだが、ふりかけてみるとさっぱり爽快。山椒ほどシビシビではないが、アクセントで味が引き締まる。「粥飯にコショウかけて食べる」て文章にするとすっごい貧しいっぽいメニューに聞こえるが、満足感高し。
『自分を支える心の技法』名越康文
所々の文章にはっとさせられる。
はたから見ていると、そこまで心が変化している、というふうには見えないかもしれません。でも、それはむしろ、それだけころころ変わる心をそのまま表出していてはまともに社会生活を営むことができないから、心を一定の状態に保つためにかなりのエネルギーを割き続けているということなのではないでしょうか。その制御に失敗してしまうことを僕らは「病」と呼んでいるだけで、実は、すべての人の心は激しく、荒れ狂うように変化を続けているのではないか。(24p)
日本の神には「祟る力」によって神格を高めていらっしゃる例がたくさんあります。相手が強大かつ解離的、暴力的であればあるほど、僕らの文化はその存在を敬い、和解し、自らの庇護者として取り込もうとする。あるいは心の支えにする。(53p)
…ある現象が何か一つの原因によって引き起こされる世界では、その原因がひっくり返った瞬間、すべては偶然の賜物ということになってしまうからです。
…すべてが完全に偶然なのであれば、いつなんどき、どんなハプニングが起きるかわからない。だからリアリストは世界を信用できなくなる。…その結果、リアリストは、自分の世界を縮減しようとするようになります。世界から不確定要素を減らすために、お付き合いする人間関係や行動半径をどんどん縮小していき、自ら視野を狭くしていく。なぜなら、リアリストにとって「自分の目に見えない」想定外の出来事はすべて怒りを引き起こす原因だからです。(69p)
身体を忘れて、意識だけの世界だけに閉じこもれば、人間は万能です。それこそ「悟りを得た」と感じること自体は、意識の世界だけに閉じこもってしまえば、案外簡単なのです。(163p)…ところで、こういうメンタル本には大体「嫌いな人をイメージすると不機嫌そうではないですか」とか「相手もニコニコしてくれるように」とか書いてあるんだが、自分の嫌いな人て「意味不明にニコニコしていて気味悪い」か「金切り声で楽しそうに笑っていておぞましい」ていうイメージなんだが…いや、こういう笑顔も「不機嫌」の範ちゅうなのか?作り笑いは威嚇の表情だってアレ的な…でもってどうなって欲しいかって、好かれて引っ付かれるようになるんじゃなくて、問題ナシということで放っておいて欲しいんだよな…引用のリアリストまんまだが、隠遁の安らぎというか、自分には生きていく上であってほしい安心なんだ…
Violent Pornography - System Of A Down
大学の英詩の先生にeveryの発音バカ褒められた思い出。
中学くらいの頃にハマって聞いてたのをふと思い出して。ハマったきっかけって確かMADだったっけな…?その当時は歌詞の意味なんか何も気にしちゃいなくて、シャウトの音圧と緩急が好きでカラオケで練習してた。めっちゃむずくて心折れたけど。口回るかぁ!!
『江戸で部屋さがし』菊池ひと美
長屋暮らしってこんななのね。
町人の住む長屋や武家屋敷の間取り、手頃価格から上等価格の家屋の種別、それから町人たちの職業について解説している本。
まな板を床に置いて座って切ってたってのは聞いたことあったんだが、かまどとか流しとの位置関係も見てこういう動線なのかあ…と納得。しかも武家ではまな板と「まな箸」で調理するんだと。そういう衛生管理…いや失礼の無いように憚ってって意図なんだろうが、西洋でのフォークとナイフ使うような図がまさか日本の調理場でもあったとは。
武家屋敷の紹介では、門が付いているのがただの塀ではなくて門番や家臣たちの長屋の場合もある、てのが意外だった。まあ門番小屋つけるならそのまま住居くっつけておいたら便利よな。そういう部分で建築の柔軟性高いのはなんだか見ていて楽しい。
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