飲み水をかけた勝負があるとする。
汚水をろ過して、勝者がろ過水を、敗者は漏斗の中身をすする。
いや、ろ過なんて実は見せつけるためのパフォーマンスで、勝者はこっそり用意されたペットボトルの封を切って、綺麗な浄化水を飲んでいることすらあるのかもしれない。
それほど勝者にとって勝利はどうでもいいことなのだ。最初から飲み水の用意はあって、自分だけは水を飲めることが保証されている。見せかけの勝負に必死になる必要はない。しかし、パフォーマンスのためだけに、泥土をすすってなお乾いた敗者は一生その敗北を忘れない。
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