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ギリシアの「ものさし男」を尊ぶ生き物たちがいる。
「測られる方はたまったものではない。彼らは各々が微妙に目盛の異なる道具をもって測るばかりか、一人ひとりがこれまた目盛の異なる道具を両の手いっぱいに持っていて、その時々の気分で使い分けるのだ」PR -
名前をつける・タグをつけることは管理の第一歩だ。
名づけ親として優位に立とうとする。名づけは偉いこと。未知の不気味なものを、名をつけて分かった気になる。 -
魚は水の外では生きられない。水の外で生きることを望んているとは限らない。
それを、水の外へすくい揚げることを良しとし、生きられない弱さを性悪とする。
必ずや魚も望むだろうと信じ、無理を強い、施せる限りの措置を施してでも陸に揚げる。
人間にはそれだけの技術力と権能がある。そう思いあがっている。 -
ヒトであるつもりでみんな動物、別種族。
種の違いを明らかにすることを拒む。
権力により音声・文字はヒトらしいものに変換され、他種との意思疎通がなされる。
高次の抽象フィルターが仮想化を行い、ハードの種類が隠され、あらゆる種をヒトという理想値の姿に見せる。
ヒトでないと訴えたリスがヒトに殺された。逃げ出したシカは、不慣れな手でパソコンを通じて「ヒトでない」ことを拡散しようとした。 -
人間は意識・無意識でウイルスをうつす。長期間接していると感染し発症する。
第一印象とは、その者のもつウイルスに初めて身をさらしたときの反応のことである。このとき、接触者はそのウイルスをある種の抗体として得ているのであるが、接触者の体質との適応性がポイントとなる。適応性が低い場合は忌避行動が誘発され、さらには即時のアレルギー反応、あるいは過去に得た類似抗体との混同によるアナフィラキシーショックが起こる。
感染を防ぐためには、免疫をつける・距離をとる・適した抗体をもつことが肝要である。
人の間に縁が出来る。病理は人の間にある。 -
飲み水をかけた勝負があるとする。
汚水をろ過して、勝者がろ過水を、敗者は漏斗の中身をすする。
いや、ろ過なんて実は見せつけるためのパフォーマンスで、勝者はこっそり用意されたペットボトルの封を切って、綺麗な浄化水を飲んでいることすらあるのかもしれない。
それほど勝者にとって勝利はどうでもいいことなのだ。最初から飲み水の用意はあって、自分だけは水を飲めることが保証されている。見せかけの勝負に必死になる必要はない。しかし、パフォーマンスのためだけに、泥土をすすってなお乾いた敗者は一生その敗北を忘れない。